ひろしま美術館

海老原 喜之助1904~1970

 鹿児島市に生まれる。中学校在学中の1921年に上京し、有島生馬に師事。川端画学校に入る。翌年、中学校の卒業を待たず、再び上京し、川端画学校に通うかたわら、渡仏を目指して、アテネ・フランセでフランス語を学ぶ。1923年、渡仏。直ちに中川紀元の紹介で、藤田嗣治を訪ね、以後親しく指導を受ける。1927年、パリのルイ・ジュヴェ劇場の廻廊で開かれたサロン・ド・レスカリエにカンピーリ、ジャコメッティとともに招待され、3人展を開催。エコール・ド・パリの次代を担う新人として期待される。1928年と翌年、ニューヨークで個展を開催。この時出品された《曲馬》は、カーネギー財団の収集となった。1934年帰国。この間、二科展、サロン・ドートンヌに出品。滞仏中、フランドルの巨匠リュベンスやブリューゲルの作品に親しむが、特に後者のプリミティブな作風に傾倒し、その影響下にブルーと白を基調とした童話的な雪景シリーズを制作した。帰国の翌年、独立美術協会の会員に迎えられる。敗戦を阿蘇で迎え、1960年逗子に移るまで熊本市に在住。1951年には同市に海老原美術研究所を開設し、九州の美術運動に貢献した。第3回日本アンデパンダン展に《殉教者》《スタートへ》を出品して以来、数々の国際展、海外展に作品を出品。強靭なマティエールに支えられた独自のエスプリに溢れた世界を展開させた。1967年渡欧し、病床の藤田を見舞い、その死に立ち会う。パリで没。

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海老原 喜之助
《群鳥(枯木)》

1931年 油彩,カンヴァス  100.0×72.8cm

Kinosuke EBIHARA
A Flock of Birds (Dead Trees)
oil, canvas

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