ひろしま美術館

モーリス・ド・ヴラマンク1876~1958

 パリに生まれる。両親とも音楽家、父はベルギー出身であった。3歳の時、ル・ヴェジネの祖母の家に転居。この時の体験が、自然に親しみ、その神秘を感じ取る感性を培ったといわれる。1893年頃より絵を描き始る。1894年、結婚。少年の頃より興味を抱いていた自転車競技やボート・レースに出場して生計を立てる。1896年、身体を壊し、競輪選手を諦める。1900年、ドランと出会い、シャトゥーに共同のアトリエを借りる。1901年、ゴッホの回顧展を見て、運命的ともいえる衝撃を受ける。1905年、マティスがシャトゥーのアトリエを訪問。マティスの誘いで、サロン・デ・ザンデパンダンに出品。ついで「フォーヴ(野獣)」の名の由来となったサロン・ドートンヌに出品する。1908年、フォーヴィスムを離れ、ヴォリューム感を強調した対象を構築的に画面に配置するセザンヌの様式への傾斜が顕著となる。しかし、1920年代になると、断片化された形態による画面構成というセザンヌの影響が薄れ、スピード感のある厚塗りの筆使いがよみがえってくるのである。が、フォーヴの時代の激しい色彩はすでになく、モノクロームを思わせる黒、灰色、濃い茶色が画面上で渦を巻く。直情の人であったヴラマンクは、セザンヌ芸術にキュビスムや抽象絵画の理論を見たのではなく、その求道者のような態度に惹かれたといってよい。1920年に、「父より愛す」と語ったゴッホの終焉の地、オーヴェール=シュル=オワーズに家を購入。再婚相手となる女性と住み、1925年には、ウール=エ=ロワール県リュエイユ・ラ・ガドリエール村の家「ラ・トゥリリエール」を購入して、家族の終の棲家とする。田園生活の中で見出した雪深い寒村の冬景色は、自らの性向に相応しい表現様式を確立させたヴラマンクにとって、内に秘めた孤独感や情念を表現する格好のモティーフとなった。音楽、スポーツのほか、小説や詩作を行い、絵画論もものする多才な画家であった。リュエイユ・ラ・ガドリエールで没。

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モーリス・ド・ヴラマンク
《花瓶》

1935年 油彩,カンヴァス 46.0×33.2cm

Maurice de VLAMINCK
Vase de fleurs
oil, canvas

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モーリス・ド・ヴラマンク
《雪景色》

1920年以降 油彩,カンヴァス  88.8×114.2cm

Maurice de VLAMINCK
Paysage dans la neige
oil, canvas

1925年ウール・エ・ロワール県の寒村リュエイユ=ラ=ガドリエールに居を定めてから、雪景色はヴラマンクの最も主要なテーマのひとつとなった。ヴラマンクの雪景色はいずれも、画家の内面の苦悩や孤独感を象徴する悲劇的な要素を含んでいる。

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モーリス・ド・ヴラマンク
《雪の集落》

油彩,カンヴァス  59.7×73.0cm

Maurice de VLAMINCK
Hameau sous la neige
oil, canvas

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モーリス・ド・ヴラマンク
《木のある風景》

1950年頃 油彩, カンヴァス  60.0×73.0cm

Maurice de VLAMINCK
Paysage avec arbres
oil, canvas

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