ひろしま美術館

アンドレ=デュノワイエ・ド・スゴンザック1884~1974

 パリ郊外のブシー=サン=タントワーヌに生まれる。1900年、大学入学資格試験に合格するが、画家を目指して、グラン・ショーミエールやアカデミー・コラロッシに通い、裸婦デッサンをする。翌年、リュック=オリヴィエ・メルソンの画塾に入り、また東洋語学校にも籍をおく。1905年、アカデミー・ジュリアンでジャン=ポール・ロランスに師事し、ついでシャルル・ゲラン、ジャック・エミール・ブランシュらが教えていたアカデミー・ラ・パレットに入る。この間、リュック=アンベール・モロー、ブッサンゴーと知り合っている。1908年、モロー、ブッサンゴーと初めてサン=トロペを訪れ、その風光に魅せられたスゴンザックは、別荘を借り受け、生涯の多くをその地で過ごすこととなる。1909年頃より、同時代の他の若い画家と同様、キュビスムの影響を受けて制作し、1912年の「セクション・ドール(黄金分割)」にも参加している。1909年以降、サロン・デ・ザンデパンダン、サロン・ドートンヌに毎年出品を続ける。1914年、第一次大戦に召集され、サン=トロペを離れる。1919年に除隊。1920年、版画家ジャン・エミール・ラーブルールに銅版画の手解きをうけ、ロラン・ドレジュレス『木の十字架』の挿絵のための銅版画を制作。以後生涯にわたり、銅版画を制作する。この年、初めて水彩画を制作。1925年、サン=トロペにモローらと共同で別荘を購入。それ以来、再び定期的にサン=トロペで過ごし、その風景を描き続ける。第一次大戦後の制作は、キュビスムから離れ、自然主義、古典主義へと回帰を見せる。油彩画においては、クールベのマティエールを思わせる、パレットナイフにより絵の具の層を部厚く塗り重ねる技法が採用され、色彩もフォーヴの痕跡を残した強い表現となっている。一方、油彩と共に重要な表現手段となった水彩画では、ニュアンスに富んだ渋い色彩が選ばれ、抒情性あふれる作風が見られる。コレット、ジードらの文学者とも交友し、彼らの肖像画も描いた。パリで没。

NO PHOTO
 

アンドレ=デュノワイエ・ド・スゴンザック
《サン=トロペの眺め》

水彩,紙  56.8×77.8cm

André-Dunoyer de SEGONZAC

Vue de Saint-Tropez
watercolor, paper

  • 印刷
  • 作家一覧へ
ページの先頭へ