ひろしま美術館

オーギュスト・ルノワール1841~1919

 1841年、磁器の産地で有名なフランス中西部の町リモージュで、仕立屋の六男として生まれる。1844年、一家はパリへ移り住み、生計を助けるため、ルノワールは13歳から磁器の絵付職人見習として働いている。しかし、機械化によってその職を失うと、扇子にロココ風の絵彩色を入れる仕事についた。
 1861年、シャルル・グレールの門下生となり、そこで生涯を通じて友情を育くむことになるモネ、シスレー、バジールらと出会う。翌年、エコール・デ・ボザールに入学。1864年にはサロンに初入選を果たしている。
 28歳頃から印象派に傾斜し、外光に対する関心を寄せ、筆触分割や明るい色調による新しい技法を試みるようになる。第1回から第3回と第7回の印象派展に出展しているが、一方で、90年まで断続的にサロンにも出品している。1879年にサロンで成功を収めると、パリのブルジョワ階級からの注文肖像画が増加するようにもなった。
 この時期、次々と傑作を生み出したルノワールだが、次第に色彩を追求するあまり、輪郭線がはっきりしなくなり、印象主義への懐疑を深めていった。1881年、イタリア旅行をきっかけに印象主義と決別。古典主義的な方向へと進んでいくことになる。質感や存在感を出すために形態や構図を追求することに関心を持ち、はっきりとした輪郭線を持つ幾分生硬な様式で描くようになるが、1880年代の後半からはこうした様式から脱し、輪郭線と色の両方を生かす真珠色の時代の様式へと移行していった。長男ピエールが誕生し、1890年にアリーヌ・シャリゴと正式に結婚した後、家族をモデルに描くことが増える。晩年は南仏カーニュのコレット荘で過ごし、輝きを増した色彩で、生を謳歌するような作品を制作した。リューマチの悪化による手の麻痺にもめげず、手に絵筆を縛り付けて、多くの水浴図などを描き、亡くなる直前まで精力的な創作活動を続けた。1919年、78歳で没。

オーギュスト・ルノワール《トリニテ広場(パリ)》
 

オーギュスト・ルノワール
《トリニテ広場(パリ)》

1892年頃 油彩,カンヴァス 65.3×54.2cm

Auguste RENOIR
Place de la Trinité, Paris
oil, canvas

 

オーギュスト・ルノワール《クロワシー付近のセーヌ河》
 

オーギュスト・ルノワール
《クロワシー付近のセーヌ河
(セーヌ=エ=オワーズ県)》

1911年 油彩,カンヴァス  31.2×53.3cm

Auguste RENOIR
Le Bras vif à Croissy, Seine-et-Oise
oil, canvas

オーギュスト・ルノワール《パリスの審判》
 

オーギュスト・ルノワール
《パリスの審判》

1913-14年 油彩,カンヴァス  73.0×92.5cm

Auguste RENOIR
Jugement de Pâris
oil, canvas

3人の女神ヘラ、アテナ、アフロディテ(ヴィーナス)が名乗りをあげた美女選びの場面。ゼウスに審判を命じられたトロイの王子パリスは、結果的にアフロディテに「最も美しい人へ」と記された林檎を渡す。美しい女神たちが競演するこのテーマは、多くの巨匠によって繰り返し描かれてきた。

オーギュスト・ルノワール《麦わら帽子の女》
 

オーギュスト・ルノワール
《麦わら帽子の女》

1915年 油彩, カンヴァス  27.0×20.0cm

Auguste RENOIR
Femme au chapeau de paille
oil, canvas

オーギュスト・ルノワール《りんごを持つヴィーナス》
 

オーギュスト・ルノワール
《りんごを持つヴィーナス》

1913年 ブロンズ  59.5×32.5×24.5cm

Auguste RENOIR
Vénus à la pomme
bronze

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