ひろしま美術館

エミリオ・グレコ1913~1995

 イタリアの具象系現代彫刻を代表するひとり。古典的な品格と穏健さで、女性の美しさを造形的に純化した彫刻で知られる。
 シチリア島のカターニヤに生まれる。父親の病気のため13歳で学業を放棄、大理石職人のもとで石工見習として働きはじめ、古代彫刻の摸刻や修理、墓碑制作に従事する。この時期の経験がグレコの美意識を形成したのは想像に難くない。のちにナポリ、ローマ、フィレンツェなどへ旅行して、古代の美術品に多く触れ、彫刻家への道を選択した。1943年ローマ・クワドリエンナーレに出品した小品2点が国立近代美術館に買い上げられているが、作風が確立し本格的な活動がはじまるのは第二次大戦後のことであった。《レスラー》などの作品で人体を単純化させた量塊としてとらえる試みを行ない、まもなく女性の裸体を主題とした大きなサイズの彫刻に取り組みはじめた。人間像を簡略化してひとつの塊にまでに還元する手法は、マリーニやマンズー、マスケリーニなど現代イタリアの具象系彫刻の特徴である。グレコも、形態を単純化して優美なフォルムを創りだしているが、それは一見すると気づかれない程の歪曲でしかない。むしろ形態の均衡は決して歪曲することはなかった。グレコの女性像は、人間と自然との調和と均衡という古代からの影響を濃厚に示しているのである。それは、シチリアに残る地中海の風土と石工職人という経験からかもしれない。自身「グレコ」という名前から、ギリシアおよびヘレニズム文化に繋がる血筋を意識していたといわれる。
 また、グレコは素描家としても名高い。彼の描く素描や版画は、彫刻とは独立したそれ自体完全な芸術であると評価されている。60年代以降国際的に活躍、オルヴィエート大聖堂正面扉浮彫り(1964年)、サン・ピエトロ寺院のヨハネス23世のための記念碑(1965-67年)など大規模な仕事も行なって、ローマで没。82歳。

エミリオ・グレコ《ラウラ》
 

エミリオ・グレコ
《ラウラ》

1973年 ブロンズ  69.0×51.0×39.0cm

Emilio GRECO
Laura
bronze

  • 印刷
  • 作家一覧へ
ページの先頭へ