ひろしま美術館

ギュスターヴ・クールベ1819~1877

 フランス・レアリスムを代表する画家。近代絵画における写実主義の誕生を告げる。醜く卑近なものも含め日常生活のなかに題材を求めた。
 フランス東部アルプスの麓オルナンの裕福な家庭に生まれたクールベは、20歳でパリに出て、ルーヴル美術館などに通いつめ、ほとんど独学で絵を学ぶ。1841年サロンに初挑戦して以来、落入選を繰り返しながらも、サロンを舞台に作品を発表し、《オルナンの食後》(1849年、リール美術館)、《石割り》(1849-50年、現存せず)、《オルナンの埋葬》(1849-50年、オルセー美術館)など地方のブルジョワ、労働者、農民たちを、伝統的な歴史画の大画面に表現して、たびたびスキャンダルを巻き起こした。それでも50年代後半からは、風景画、肖像画、官能的な裸体画、森の動物たちや狩りの絵など、比較的穏健な絵を描いて人気を博す。とくに、アカデミックな絵画に満足できない若い世代の画家たちの支持を集めた。
 「天使は見えないから描かない」「自らが生きる時代の風俗、思想、様相を自らの判断にしたがって描き出す」という革新的信念を持ち、1855年万博の際には、美術展示館の目の前で個展を開催して「レアリスム」と大きく書いた看板を掲げるなど、つねに美術におけるあらゆる権威づけに反発した活動家でもあった。一方で、政治問題にも関心をもち、プルードンなど当時の進歩的知識人たちと交わって、自身1848年の二月革命、1871年のパリ・コミューンに参加している。その結果、冤罪とはいえ投獄の憂き目を経験した上、反動的な政府が樹立された最晩年にはスイスへの亡命を余儀なくされた。レマン湖のほとりラ・トゥール・ド・ペールズで祖国に想いを残しながら生涯を閉じる。58歳。

ギュスターヴ・クールベ《雪の中の鹿のたたかい》
 

ギュスターヴ・クールベ
《雪の中の鹿のたたかい》

1868年頃 油彩,カンヴァス  60.0×80.0cm

Gustave COURBET
Combat de cerfs dans la neige
oil, canvas

狩猟はクールベが情熱を傾けたもののひとつであり、パリで制作を続けていた間も、狩りのシーズンになると、ジュラ山脈の緑深い故郷の町オルナンに帰省するのを常としていた。はりつめた空気の中、1頭の牝鹿をめぐって争う2頭の牡鹿の角の音が聞こえてきそうである。

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