ひろしま美術館

マリー・ローランサン1883~1956

 パリに生まれる。高等中学校を卒業後、画家を目指してアカデミー・アンベールに通う。同じ画塾にブラックがおり、親交を結ぶ。ブラックに連れられて、ピカソのアトリエを訪ね、ピカソを介して詩人のアポリネールと出会う。二人はまもなく恋に落ちる。ブラックやピカソ、また新しい芸術の熱心な擁護者であったアポリネールとの交友は、ローランサンの制作にも大きな影響を与え、フォーヴィスム的な傾向、アンリ・ルソー風のプリミティヴな画面構成、そして1910年頃からはキュビスム的な造形が作品に現われる。1912年、アポリネールと訣別。同年、キュビストのグループ展である「セクション・ドール(黄金分割)」展に参加。1914年、ドイツの貴族オットー・フォン・ベッツェンと結婚。まもなく第1次世界大戦が勃発し、夫の国籍のため、スペインに亡命を余儀なくされる。当時、外交官であった父についてマドリードに滞在していた堀口大学と交友。亡命生活を象徴するかのような孤独な女性像を制作。終戦後、夫の故国ドイツを経て、1921年にひとりパリに帰郷する。直ちに画壇に復帰し、ジャン・コクトーらと交友。ディアギレフの主宰するロシア・バレーの舞台美術を担当し、また人気の肖像画家として、多くの社交界の人びとの肖像画を描く。絵画制作のほかに、版画にも才能を発揮し、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』などのリトグラフによる挿絵を制作した。1930年代以降は、やや世間から身を引き、ピンクや群青色を多用する甘美な女性像を描き続けた。パリで没。

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マリー・ローランサン
《「家具付の貸家」のためのエスキース》

1912年 油彩,板 98.0×56.7cm

Marie LAURENCIN
Esquisse pour "La Maison Meublée"
oil, board

「家具付の貸家」(個人蔵)の左部分の習作である。この家は当時恋人同士であった詩人アポリネールとの逢瀬の場所であったという。このメランコリックな雰囲気をたたえる女性は、アポリネールの来訪を待つローランサン自身であろうか。まもなく彼女は、アポリネールに別れを告げることになる。

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マリー・ローランサン
《牝鹿と二人の女》

1923年 油彩,カンヴァス  73.0×54.0cm

Marie LAURENCIN
Deux femmes et une biche
oil, canvas

 

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マリー・ローランサン
《花束を持つ婦人》

1942年頃 油彩,カンヴァス  65.0×54.0cm

Marie LAURENCIN
Femme au bouquet de fleurs
oil, canvas

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マリー・ローランサン
《二人の女》

1930年頃 油彩, カンヴァス  61.5×50.5cm

Marie LAURENCIN
Deux femmes
oil, canvas
INADA COLLECTION

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